今回は趣味とも関係なく文字だけ。20年近くガンと闘ってきた母が他界した。
女性に多い乳癌が最初で、当時全摘したけど10年ほど前に再発。全身へ転移していた。
そこから私の兄の死などを乗り越え放射線や抗がん剤などの化学療法などで治療を進めて来た。
近年は副作用を嫌がって治療ではなく抑制の方向へシフトしていき、徐々にそれもやめて行き
今年夏に緩和ケアの可能性をさぐりつつ身辺整理をしていた。
全身の苦痛は薬でカバーしていたけど食欲がなくなり体力は徐々に落ちていた。
抑制する事もやめていたので腫瘍マーカーは上昇。
7月末に息苦しさで病院へ救急搬送し入院、事前にホスピスへの見学などはしていたけど
予約はしていなかったので入院と共に予約。
私含め家族はホスピスのタイミングが良く分からなかったけど、8月下旬突然明日から入れますと連絡が来た。
母はその段階で少し食欲が戻っていたのでキャンセルし、9月に入りいったん家に帰る事にした。
約1ヵ月ほどの入院。
しかし担当医は最後になると分かっていたので退院をさせたと思うけど、リンパ浮腫が原因で
歩行が困難になっていた。
慌てて要介護認定を受け、介護用具一式をそろえた。
渋谷区は優れていてすぐにすべてがそろった。ケアマネージャには本当に感謝している。
訪問診療も日本の緩和ケアの第一人者の方が来てくれ、とてもやさしいスタッフに恵まれた。
しかし母は帰宅してやり残した事をやり遂げたかったようだったけど足は悪化していった。
そのうち歩行器を使っていたけど洗面所で転倒してしまった。
立てなくなってしまったので救急搬送、CTなどを撮り問題がない事を確認してまた家に戻ったけど
もう歩行器を使っての移動もできなくなり室内でも父の押す車椅子移動になった。
訪問診療によって足は良くなってきたけど先日突然まったく動けなくなってしまった。
良くなっていたと思われたけど完全に蜂窩織炎になった。
とても痛がるので家族では動かせずまた入院、そこからは早くて蜂窩織炎は
すぐに良くなったけど昨日呼吸が難しくなり他界した。
やれる事はやったので後悔はないけど、ホスピスに行っていたらもっと本人が楽だったのかな?
と思う事もあった。しかし本人の意思を尊重したいので結果無理をしなくて良かったと思う。
そして仕事で忙しい私に変わり母のために献身的に尽くしてくれた妻に感謝。
父もここ数日病院へ泊まり込み看病していた。
こうしてブログへ書いてみるとメモ書きにもなるのでまた追記するかもしれない。